「根っからのヴィオラ弾き」
―おそらく99.99%くらいの人は、ヴィオラを弾きはじめる前に必ずヴァイオリンを習っていたと思いますが、ぼくの場合は中2の夏(14歳)でいきなりヴィオラからはじめたんです。―

 
楽器演奏はいくつの時からはじめたんですか?
小さい頃からピアノを習っていました。最初は強制的に行かされた感じであまり面白いとは思いませんでしたが、ある時NHKの教育テレビでゲルハルト・オピッツさんがピアノ・レッスンする様子を見ていたら、急に興味が湧いて。それが中1の時で、ショパンの「ノクターン」とかを弾きはじめた頃でした。ようやく「クラシック音楽っていいな」と感じるようになり、グランド・ピアノを買ってもらいました。
 
凄いバブリーですね!
その当時は「ピアノで頑張って将来は音楽家になろう」と本気で思い両親に必死にお願いし、どうにか買ってもらいました。その後、練習に励んだのですが一年で限界を感じ挫折…。しかし、その時点ですでに音楽家への道を夢見てしまっていたので歯止めがきかなくなり、「ピアノがダメならほかの楽器でプロになろう」と思うようになりました。そこでピアノの先生に相談したところ、「絶対人口の少ない(競争率の低い)楽器を選べば今からでも高校に受かる可能性がないこともない」とアドバイスを受けました。
 
それでヴィオラにしたの?
当時、ピアノの次に興味があったのはヴァイオリンだったんです。テレビで五嶋みどりさんのドキュメンタリー番組なんかがあって、それを見ていてハマリました。しかしヴァイオリンも始める時期が遅いということで、紹介して頂いたのがヴィオラの先生だったんです。実際、その先生にお会いするまではヴィオラに触ったこともなくて...。でも、初めて弾いた時に、妙に自分の手にフィットしたことが忘れられません。先生にもそれが分かってもらえたのか、「君が本気で目指すのならばレッスンしてあげよう」と言ってくださったんです。その言葉が励みとなり自分の中で決心しました。
 
だけどそんなに遅くに始めて、よく読譜力とか音感があるよね?
当時はピアノをかじった程度でしたが、体力や運動神経には自信があったので、絶対音感とかがなくても、なんとなく身体能力でカヴァーしてきたのだと思います。大分県の陸上記録会ではトップクラスの成績でした。いわゆる運動馬鹿でしたね(笑)。
 
それで、努力の結果、見事音楽高校に入ることが出来たんだね?
なんとか入り込むことが出来ましたが、高校に入った時はヴィブラートもできなかったし、まわりのレベルの高さに日々驚いていました。ただ、自分も入ったからには頑張ろうと思い、とにかく練習に励んだ結果、高校を卒業する時は奇跡的に器楽部門で一番の成績になることができました。
  
そしていよいよ上京するわけですね?
東京に出て、洗足学園音楽大学に入ったんですが、これには理由があるんです。高校の先生方と繋がりのある大学の先生に習う事も素晴らしいとは思うのですが、世界的なプレイヤーに教えて頂く方が自分にとって良いのではないかと思ったんです。それで自分の尊敬する教授が教えている洗足に決めました。
 
なるほど。
ただ、高3の夏休みにその教授のもとへ講習を受けに行った時に、あまりにもの未熟な演奏に「君はいったい何になりたいのかい?学校の先生なの?」と、早々にクギを打たれてしまったんです。でも自分がヴァイオリンの経験がないこと、さらにまだヴィオラを始めて3年ほどしか経っていないという話をしたところ、「これまでに多くの生徒を見てきたけれど、そんな人は君が初めてだ」と逆に可能性を感じてくださったのか「死にものぐるいでやる気なら本気で教えてあげよう」というお言葉をいただきました。
 
で、いつ免許皆伝になったの?
結局大学4年では足りずに、大学院まで行ってもう2年間習いましたが、それでもまだ足りないくらいでした。なので卒業後もずっとレッスンを受けに通っていましたが、だんだん仕事が入るようになり、そのまま今の活動形態が形成されている状態です。
 

 
「楽器年齢はまだ24歳なんです」
―例えば、ヴァイオリンなどは早くて2、3歳頃から習うのですが、ぼくの場合はヴァイオリンの経験もなくヴィオラを14歳から始めたので、他の人より10年ほどのギャップがあるんです。なので仕事をいただくようになってからも帰宅してからは学生の気持ちで勉強し、レッスンにも通っていました。―

 
社会人となった時の目標はどんなことでしたか?
いただく仕事の全てが興味深いものばかりでしたが、当時の目標はオーケストラの正式メンバーに選ばれることでした。そのころはよく読売交響楽団やNHK交響楽団のトラ(エキストラ=客員)として、頻繁に呼んで頂いてました。
 
我々が知り合ったのは2007年の暮れだったけど、その頃はどんな活動を目指していたの?
当初のオーケストラのトゥッティという目標から首席奏者への夢を考えるようになり、それと並行してソロ楽器演奏家としての活動に凄く興味を持ち始めた時だったので、タイミングとしては最高でしたね。
 
本当? そんな話、今初めて聞いたよ。
いやいや、CD制作の話にはめちゃくちゃ食いついてたでしょ?
 
そうだね、3ヶ月後にはもうレコーディングしてたもんね。
それまで自分自身がヴィオラの魅力に取り憑かれてきたことを、今度は自分が皆に伝える番だという認識を持ち始めていました。
 
ではぶっちゃけ、生野さんの考えるヴィオラの魅力って何ですか?
よく言われるように、ヴァイオリンより音域が低くて人の声に近いという単純な理由もありますが、自分が思うにはヴィオラという楽器は完成されていないので(本来はチェロの半分の大きさが必要と言われている)ちょっと枯れたような音が出るのが魅力なのだと思います。もちろんヴァイオリンのように艶のある音やチェロのような深い音色が出せるよう意識はしていますがヴィオラ独特の人間的な音も出せるのが魅力だと思っています。人の声に近いとよく言われますが私の中での理想はオペラ歌手になるのではなく、すぐ隣で聴いてもうるさくない子守唄です。
 
ではもっとヴィオラに注目してもらうためにはどうすれば良いと思う?
人気の度合いで言ったら、ピアノやヴァイオリンにかないませんが、そういう楽器の音を聴き疲れた時に、ふっとヴィオラの音色・音域を聴いてもらったら、きっと癒されることと思います。そんな機会をたくさん作れたらもっともっと広がっていくのではないでしょうか。ヴィオラの奏でる音楽をひとりでも多くの人の耳に届けることが、自分の使命だと思っています。
 

 
選曲の意図は?
今まではヴィオラのために書かれた曲を中心に演奏することが多かったのですが、先程言ったように多くの人にヴィオラの音を聴いてもらうためには、普段ヴァイオリンがメインとなるようなポピュラー曲であっても、それがヴィオラによってどんな響き・印象に変わるのかを聴いて欲しかったので、今回のようにいろいろなジャンルの雰囲気の選曲をしてみました。もちろん、ヴィオラという楽器の特色を出すために、しっとり系の曲が多く選ばれましたが...。
 
もともとはコンサートで演奏するために選んだ曲ですよね?
「ヴィオラ・カフェ」というコンサート・シリーズを立ち上げた時のコンセプトです。コンサートは九州と東京でしか行っていないので、全国の方にもコンサートと同じ雰囲気を味わって頂こうと思い、あえて全曲をコンサートのレパートリーで占めてCDのための新曲というのは入れませんでした。
 
それは居ながらにしてリラックスしてもらいたいということですか?
コーヒーでも飲んで頂きながら聴いて欲しいです。
 
コンサートの選曲とCDの選曲での落差、難しさなどありませんでしたか?
実はマーラーの「アダージェット」はとても難しかったです。本来はオーケストラでじっくりと弾く曲なのですが、その重厚感がピアノとヴィオラだけでは出しにくくて。自分の頭の中のイメージもオーケストラのような壮大なものだったので、それに近づけたくて凄く苦労しました。この曲だけ他の曲の数倍のリヴァーブ(残響)効果がかかっていると思います。
 
「アマポーラ」のヴォーカル・ヴァージョンが聴きたいという声が殺到してますが...?
一応レコーディングはしたんだけど、ボツにしたよね?
.....(苦笑)。実は最初のコンサートでほんのちょっと歌ったら結構ウケたので、調子に乗って毎回歌ってるんですよ。なので、今後は歌の活動にも力を注いでいきたいと思っています.....(爆)。
     
ちなみに今回は後藤秀樹さん(Piano)とのデュオ名義になっていますので、相棒をご紹介下さい。
後藤君の魅力は残念ながらCDだけでは伝わらないと思います。というのも、彼は単に上手いというだけでなく、抜群に「色気」のある演奏家だからです。弦楽器には色気を出すのに便利なグリッサンドとかヴィブラートなどの奏法があるんです。もちろんピアノではその奏法はできないのですが、彼はあたかもそれをやっているかのように聴こえる。実際には間の取り方とか強弱とかで表現しているのですが、とにかく一緒に演奏しているとハッとさせられる瞬間が多いんです。
 
では最後に今後チャレンジしてみたいことがあれば教えて下さい。
クラシックの分野で言えば、今でもオーケストラにきちんと入って、願わくば首席奏者になることです。ソロ活動としては、ポピュラー・ミュージック界のいちインストゥルメンタリストとして活躍し、ヴィオラという楽器の知名度をもっと上げていければと思っています。
 
今日はありがとうございました。
 
 
2012年8月19日 東京・練馬のカフェにて (聞き手:ビジョン・クラシック)
 
 
生野正樹 with 後藤秀樹 / ミストラル
 
吹き抜ける風を感じて…
書き下ろしの新曲に映画音楽やタンゴなど
心に残るメロディばかりを散りばめた名曲集


 
<収録曲>
 
1 愛の挨拶 (エルガー)
2 アマポーラ (ラカジェ)
3 ニュー・シネマ・パラダイス (モリコーネ) <Youtubeで試聴する>
 - 映画『ニュー・シネマ・パラダイス』より -
4 ミストラル (深川 甫)
 【2011委嘱作品】
5 悲しきワルツ (シベリウス)
 - 劇音楽『クオレマ(死)』より -
6 クローバー・リーフ (深川 甫)
 【2012委嘱作品】
7 カフェ 1930 (ピアソラ)
8 アダージェット (マーラー)
 - 交響曲第5番より -

 
[演奏者]
生野正樹 : ヴィオラ
後藤秀樹 : ピアノ
深川 甫 : アレンジメント (M2,M3,M4,M6,M8)
 
VCCM-8119 
2,500円(税込み定価)
 



 
絶賛発売中!!
[戻る]